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周瑜の依頼で諸葛亮が10万本の矢を用意

 - 三国志

周瑜が仕える孫権と諸葛亮が仕える劉備との同盟がなり、曹操軍と対決することになりました。これが有名な赤壁の戦いです。

周瑜が諸葛亮に10万本の矢を依頼

戦いは水上戦が主なため、周瑜は水上戦に使う矢を10万本、10日中に諸葛亮に用意してほしいと依頼します。しかし、諸葛亮は3日でよいと応え、もしできなければどんな処罰も受けると言いました。

周瑜の策略

こう諸葛亮が応えたのには理由があります。

というのも、周瑜は同盟を結びながらも、諸葛亮の智謀を恐れており、何かあれば殺してしまおうと考えていたのです。

周瑜はあらかじめ矢を作る鍛冶屋などを抑えており、諸葛亮が矢を用意できないようにしていました。

つまり、この10万本の矢の依頼は、諸葛亮を殺すための口実だったのです。

諸葛亮はそれを見抜いており、別の方法で矢を用意するしかありませんでした。その方法とは、敵から10万本の矢を奪うというものです。

これに要する時間が3日あればよいと応えたのです。

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諸葛亮が見事に10万本の矢を用意する

諸葛亮は気象を観測しており、3日目に深い霧に覆われることを予測していました。そこで船団に兵に似せた藁人形を作り、曹操軍に近づきました。

曹操軍は、霧に覆われているため船団をうかつに動かすのをやめ、矢を放ち対抗しました。

そうして、藁人形に矢が多く刺さったところを見はかり、諸葛亮は船団を引きあげ、10万本の矢を用意することができました。

この話は、周瑜と諸葛亮の確執と、諸葛亮の智謀の高さを物語ったもので有名です。

どこまで本当の話かはわかりませんが、周瑜が諸葛亮に敵意を持っていたのは本当のようです。

この天才2人が、赤壁の戦い以後、共に戦っていれば、魏は倒されていたかもしれませんね。

 

なお、三国志に興味のある方は、こちらの記事も読んでみてください。私が三国志が好きな理由が掲載してあります。

三国志が好きな理由

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