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徐庶が推薦した諸葛亮

 - 三国志

今回は、徐庶が推薦した諸葛亮にまつわる話を書きたいと思います^^

徐庶とはどんな人物

字は元直(げんちょく)。

三国志演義では友人の仇を討ったのを手助けし、お尋ね者になったため単福(ぜんふく)と偽名を使っていました。

そして、新野時代の劉備と出会い軍師として迎えられます。軍師と迎えられたときには、曹仁率いる魏軍約3万を約2千で迎撃し、見事に打ち破っています。

このことから、徐庶は兵法に通じた優れた軍師であることがうかがえます。

しかし、その後、徐庶の母親は魏の捕虜となり、程昱の策による徐庶の母親の筆跡を真似た手紙を受け取り、親孝行であった徐庶は止むなく曹操に下ることになります。この時に徐庶は諸葛亮を劉備に推薦しています。

その後は、魏の政治家として右中郎将・御史中丞にまで昇った人物です。

徐庶と諸葛亮の親交

あまり徐庶と諸葛亮の親交について語られていないですが、徐庶が諸葛亮を推薦しているところから、よく諸葛亮を知っていることがうかがえます。

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また、諸葛亮は北伐に際し、徐庶ほどの人物を右中郎将・御史中丞ぐらいで留めておけるほど、魏の人材の厚さを嘆くシーンがあり、徐庶のことをよく知っていたことがうかがえます。

徐庶はなぜ諸葛亮を推薦したのか?

一番の理由は、自分が軍師として留まれないことが原因でしょうが、劉備の気質と諸葛亮の気質が合うと思ったからではないでしょうか。

また、諸葛亮をそのまま在野に埋もれさせておくのは惜しいと思ったからかもしれません。

とにかく、徐庶の推薦のおかげで劉備と諸葛亮はめぐり会い、蜀を建国するまでになりました。

もしかすると、徐庶の推薦がなければ、劉備と諸葛亮は出会うこともなかったかもしれないので、徐庶は蜀の建国の功労者と言えるのかもしれませんね(^^)

 

なお、三国志に興味のある方は、こちらの記事もご覧ください。私が三国志が好きな理由を掲載しています。

三国志が好きな理由

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