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諸葛亮 なぜ北伐は成功しなかったのか?

 - 三国志

今回は、諸葛亮がなぜ北伐に成功しなかったか、考察してみようと思います(^^)/

そもそも、なぜ北伐を行ったのか?

魏呉蜀で三国分立している状態で、なぜ諸葛亮は北伐を行ったのでしょうか。

それは、漢王室を復興させるのが目的だったからです。

天下三分の計は天下を三つにわけ、状況を見ながら中国を統一しようとしていた戦略構想だと思います。

なので、蜀を建国するのが目的ではなく、あくまで目的までの途中経過という発想を持っていたと思われます。

ですが、結局成功せずに終わりました。その理由としては、以下が考えられます。

■圧倒的な戦力差

三国に分かれているといっても、魏が圧倒的に中央を占め、戦力があります。蜀にはあまり戦力はなかったと思われます。

守るだけならともかく、攻めるとなると戦力格差は致命的です。諸葛亮もそのことは認識していたでしょう。

ただ、それでも漢王室を復興のためには戦うざるをえなかったと推察されます。

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■人材不足

劉備死後、蜀は人材不足で悩まされます。

なぜ、人材不足になったかは不明ですが、人材がいなければそれだけ丞相である諸葛亮に負担がかかってしまいます。

いくら天才と言われていても、仕事が多ければこなせるものではなく、結局過労死のような形で最期を迎えることになります。

■トップの無能

トップ(君主)の劉禅が無能もしくは優柔不断だったことが、やはり痛かったでしょう。

戦力不足や人材不足は何とか工夫できる部分があるものの、トップ自体が無能であれば結果は出にくくなります。

実際、勝っているときに呼び戻されるなど、諸葛亮は大変苦労させられます。

以上のような理由で、諸葛亮の北伐が成功しなかったものと思われます。

五丈原に倒れたのは悲しいですが、以上の状態ではやはり北伐は厳しかったでしょう。

 

なお、三国志に興味のある方は、以下も読んでみてくださいね。

三国志が好きな理由

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