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徳川家康の最後は?

今川義元の人質から始まり、織田信長と主従のような同盟、豊臣秀吉の天下統一を経て、豊臣氏を倒し、江戸幕府200年の歴史の祖をつくった、徳川家康。

徳川家康は苦難の戦いを経て、天下泰平の世を築きました。

今回は、その徳川家康の「最後」にちなんだ話題に触れてみたいと思います(^^)/

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徳川家康 最後の戦い

最後に戦場に出たのは、大坂夏の陣でしょう。

豊臣軍は大坂城を外堀、内堀とも埋め立てられ、徳川軍は圧倒的に優勢でした。

ところが、真田信繁(幸村)、毛利勝永の突撃で本陣まで寄せられ、徳川家康は自刃を覚悟したと言われています。

本当に自刃したという説もありますが、この時点でもやはり徳川軍の優勢は変わりなく、勝利していることから、ここで徳川家康が亡くなったとは思いにくいです。

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徳川家康 最後の言葉

晩年は駿府城で過ごし、亡くなったときには、以下の辞世を読んだと言われています。

「嬉やと 再び覚めて 一眠り 浮世の夢は 暁の空」
「先にゆき 跡に残るも 同じ事 つれて行ぬを 別とぞ思ふ」

徳川家康の死因

以前は、てんぷらの食中毒説が強かったが、最近は胃癌説が有力視されています。最後まで、徳川幕府のことを気にかけていたようです。

以上が、徳川家康の最後に関することです。

 

なお、日本の戦国時代が好きな方は、ご興味があればこちらもご覧ください。

私の好きな戦国武将!11将を紹介

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